さめないすーぷ

香辛料について


香辛料と歴史
クローブナツメグなど一部の香辛料はインドネシアモルッカ諸島でのみ産出した。また胡椒はインド東海岸スマトラ島で多く生産された。このため、これらの地域と交易を行なって香辛料を手に入れることが、国を保つために大事なこととなった。すなわち、香辛料がヨーロッパの人々を世界進出に駆り立てた。造船技術や天文学などの科学技術の発達によって長期の航海が可能となった時、大航海時代の幕が開けた。ヨーロッパ人は大挙して新大陸やアジアに進出し、植民や、現地住民に対して略奪、虐殺、強制を伴ったキリスト教への改宗を実行していった。
古代ローマ時代には東洋の香辛料がインド経由でヨーロッパに輸出されている。中世にはムスリム商人がインド洋における香辛料貿易を独占し、ヨーロッパではヴェネツィア共和国がエジプトのマムルーク朝オスマン帝国からの輸入を独占した。ポルトガルヴェネツィアの香辛料貿易独占を打破するために喜望峰経由のインド航路を発見し、貿易を独占しようとした。(ポルトガル海上帝国参照。)
このように、当初は東側に向けて香辛料を求める進出が続いたが、貿易の主導権の争いは熾烈なものとなっていったため、一部の人たちは西側にも目を向けるようになった。クリストファー・コロンブスもその一人で、1492年にスペインから西に出帆した。結局のところ、彼は香辛料の主産地であるインドやインドネシアには到達できなかったが、アメリカ大陸に到達し、その存在をヨーロッパ人に知らしめた。彼の目的地がインドであったことは、当初アメリカ大陸をインドと勘違いし、そこに住む先住民を「インディオ」と呼んだことに色濃く残っている。この呼称は現在に至るまで残っている。
17世紀に入ると、オランダがアジアに進出してポルトガルと争い、モルッカ諸島スマトラ島を直接支配下に置いた。近代になると香辛料は各地で栽培されるようになり、貿易における重要性は薄れる。

Wikipedia「香辛料」より